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フィリピン英会話ネット
2009年12月14日

環境NGO 日本に化石賞 ‐ COP15−



日本、COP15で「化石賞」 NGO「交渉阻んだ」

国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP15)に参加している国際的な環境NGOは12日、日本が交渉進展を阻んだとして「化石賞」を贈った。交渉のた たき台である国連作業部会議長案が、温室効果ガス排出の削減を先進国にだけ義務づける京都議定書を、2013年以降も延長することを提案したことに日本が 反対しているためだ。(asahi.com)


COP15に参加している国際的な環境NGOが12日、日本が交渉進展を阻んだとして日本に「化石賞」を贈ったとのことだ。しかし、この記事だけでは、化石賞が何なのか?どの程度の不名誉なのかが判然としない。そもそも、その環境NGOというのは、会議場の外で暴力的なデモを繰り返すグループなのか?

まずCOP15とは何かというと

COP15とは?

COPは、締約国会議(Conference of Parties)の略です。COPは、国連気候変動枠組条約(UNFCC)を受けて設置された会議で、年に一度、各国の環境に関わる省庁の大臣が集まり、 同条約の成果について話し合います。2009年のこの会議は、12月7日から18日までの2週間にわたり、 デンマークの首都コペンハーゲンで行われる予定です。会議の目的は、京都議定書に定めのない2013年以降の地球温暖化対策を決定し、各国の同意を求める ことにあります。


COPとは国連気候変動枠組条約の成果について、年に一回、各国の大臣が集まり話し合う「締結国会議」のこと。今回は第15回目の会議であることからCOP15と呼ばれている。国連気候変動枠組条約は日本では地球温暖化防止条約とも訳されるが、現在、187か国および欧州共同体 (EC) が締結している。有名な京都議定書は1997年、京都で開催された第三回締約国会議(COP3)で採択されたもの。



では、今回、日本に与えられた「化石賞」とは何なのか?というと


「化石賞」とは
地球温暖化対策に前向きな取り組みを見せない国に対して、NGOがバッドジョークとして与える不名誉な賞。1999年のCOP5(ドイツ・ボン)において初められ、以来、恒例のセレモニーとして、継続的に実施されている。気候変動問題に取り組んでいる世界のNGOのネットワークであるCAN(気候変動アクション・ネットワーク)が、会議の会期中、各国の交渉に臨む姿勢を毎日評価し、地球温暖化防止交渉にマイナスな発言をした国など「本日の化石賞」に選定し、公表している。


「化石賞」の正式名はFossil of the Day(本日の化石賞)であり、会議の会期中、毎日贈呈されており、Fossil of the Day Award  で公表されている。

次に、化石賞を贈呈する環境NGO「CAN(気候変動アクション・ネットワーク)」とは具体的に何なのか?というと

The Climate Action Network (CAN) is a worldwide network of roughly 500 Non- Governmental Organizations (NGOs) working to promote government and individual action to limit human-induced climate change to ecologically sustainable levels.

気候変動アクション・ネットワーク(CAN)は、人間活動による気候変動を環境的に持続可能なレベルに制限するための、政府と個人のアクションを促進することを目的に活動する世界中約500のNGOのネットワークである。

とのことだ。

どうやら環境NGOネットワークが「ジョーク」でやっているだけの話らしい。ちなみに、COP15でこれまでに化石賞を贈られた国々は

2日目
1位:ウクライナ
2位:EU以外の先進国全て
3位:ウクライナ

3日目
1位:カナダ、クロアチア
2位:ロシア

4日目
1位:ポーランド
2位:ドイツ
3位:ニュージーランド

5日目
1位:カナダ
2位:カナダ
3位:EU

6日目
1位:日本
2位:パプア・ニューギニア

となっており、特に日本だけを特別に叩いているわけでもない。



朝日新聞の記事では、如何にも日本が不名誉な賞を受賞したかの印象を受けたが、こうして見ると取り立てて騒ぐほどの話でもなさそうだ。もちろん、そもそも温暖化対策に力を入れていないアメリカ、中国に化石賞が贈られないのは変な話だが。




posted by philnews at 20:42 | Comment(3) | TrackBack(0) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミンダナオ島の武装勢力



今回の事件は武装集団Lumadnong Pakigbisog sa Karaga (Lupaka:カラガ・ルマドの闘い)に属する2グループ間の対立が原因だったとされている。事件の首謀者オンド・ペレス(Ondo Perez)によると、対立グループにより彼に掛けられた殺人の告訴取り下げが人質解放の条件であり、それを認められたための解放となった。ペレスのグループは対立グループのリーダー ジュン・トゥバイ(Jun Tubay)との間に土地争いを抱えており、これまでに両グループ間の抗争で30人が死亡しているとのことだ。

武装集団Lupaka(ルパカ)は80年代に反政府勢力として結成され、誘拐事件を起こすなどしていたが、国軍の介入により2001年に正式に解体されていた。しかし、武器の回収はできていなかった。

それにしてもミンダナオ島の情勢は複雑でわかりづらい。現地紙に目を通していても、どの地域でどの勢力が問題の背景にいるのかがなかなか釈然としない。

まず、ミンダナオ島には南西部を中心に多くのイスラム系フィリピン人(モロ、ムスリム)が住んでいる。フィリピンのイスラム教人口は全人口の5%(約500万人)、ミンダナオ島人口の2割と見られるが、その多くがこの地域に住んでおり、「マギンダナオの大虐殺」があったマギンダナオ州などはその中心で、周辺6州がイスラム教徒ミンダナオ自治地域(Autonomous Region in Muslim Mindanao, ARMM) に加盟している。MILF、MNLF、アブサヤフを構成するのはイスラム系住民である。

そして、イスラム系以外にもミンダナオ島には先住民族が多い。これら先住民族はルマド(Lumad)と総称されるが、イスラム系住民がミンダナオへ渡ってくる前からフィリピンにいた民だと考えられており、イスラム教にもキリスト教にも改宗しなかった人たちで、大きな集団だけでもマノボ族、チボリ族など13民族いる。今回の事件を引き起こした武装集団はマノボ族によって構成されていた。

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第一回ミンダナオ先住民会議 photo by Keith Bacongco

一方、ミンダナオ島の最大人口を占めるのはキリスト教徒である。これはイスラム教、アニミズムから改宗した者および、ビサヤ諸島からミンダナオへ移住してきた者が構成している。特に、戦後、ビサヤ地域から大量に移住してきた住民と先住民の間での土地争い・摩擦が絶えない。

また、ミンダナオ島は広大で、自然資源、鉱物資源が豊富なことから、戦後、多くの鉱山企業、伐採企業、プランテーションなどが次々と進出した。その際、先住民族やイスラム教徒の土地を二束三文で手に入れ、住民を追い出すことが多く見られた。そして、これは過去の話ではなく、現在も続いている。

鉱山企業の進出に対しては先住民族から強い反対運動が起こることが常なのだが、政府・軍はこれをフィリピン共産党・新人民軍による扇動と見なして潰しに掛かる。その際、軍は先住民族の村へ常駐し、住民に対して尋問・査問を繰り返し、新人民軍につながりのあるゲリラだと見なし超法規的に暗殺してしまうこともある。

また、政府は直接国軍および警察により秩序維持活動を行うだけでなく、民兵組織を組織し、反対住民と対立させる。国軍が組織した民兵組織をCAFGU、警察が組織した民兵組織をCVOと呼ぶのだが、マギンダナオの大虐殺を遂行したとされるアンパトゥアン一族が組織した民兵組織はCVOを中心としたものだったことは記憶に新しい。

つまり、ミンダナオ島にはキリスト教徒、イスラム教徒、先住民族がいて、政府勢力と反政府勢力、進出企業と反対住民、武力闘争と非暴力運動などが入り乱れている。武装勢力だけに限定すると

政府側
国軍:Armed Force of the Philippine(AFP)
国家警察:Philippine National Pollice(PNP)
CAFGU: Citizen Armed Forces Geographical Unit
CVO:Civilian Volunteer Organization
MNLF:Moro National Liberation Front: モロ民族解放戦線
たまに米軍

反政府側
MILF: Moro Islamic Liberation Front: モロイスラム解放戦線
アブサヤフ:Abu Sayyaf Group(ASG)
新人民軍:New Peoples Army(NPA)
先住民族武装勢力
たまにJI(ジェマ・イスラミア)

となる。そして、これら政府対反政府の武力衝突が起こるたびに多くの国内避難民が発生している(2000年100万人、2003年40万人、2008年50万人)。



政府とMILFの間で署名される予定だった和平合意は2008年8月に最高裁によって違憲として破棄されてしまった。これにより、ミンダナオ島の平和はますます遠のいたと言えるだろう。



【参考】
42 Agusan hostages freed
Regime’s Counter-Insurgency Campaign Drives Mindanao Lumads Homeless
posted by philnews at 00:27 | Comment(4) | TrackBack(0) | フィリピン | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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