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フィリピン英会話ネット
2009年08月24日

アフガン 日本人 拉 致 事件から1年


昨年(2008年)8月、アフガニスタンで活動するNGO「ペシャワール会」の日本人スタッフが 拉 致 され、殺 害 された事件に関して。

2004年にイラクで 拉 致 されたあげく解放された3人組とは根本的に違う。

この事件の場合、ペシャワール会は地元に根付いており、現地の情報も十分にあった。もし事件に巻き込まれれば、現地住民に守ってもらえるような信頼関係が築かれていただろう。私は事件が起きたとき、この部分に希望を託していた。NGOワーカーのような外部者は、何か起こったとき現地の住民に守ってもらう。これが唯一の保険なのだ。

残念ながら、それは叶わず、日本人スタッフは帰らぬ人となった。

実は、この事件の発生を1年も前から予測し、その際の国の責任を国会で追求していた人物がいる。東チモール、シオラレオネ、そしてアフガニスタンで平和構築活動(DDR:武装解除、動員解除、社会復帰)に携わった経験のある伊勢崎賢治氏である。

「今、私がもしテロリストだったら、戦略的にこう考えます。次のターゲットは日本人です。日本人はソフトターゲットです。」(中略)「今テロリストがソフトターゲットである日本人 をねらえば、一番政治的な効果が上がると思います。それはつまり、日本がみずから目立たせてしまったこのテロ特措法の問題であります。今、日本人をねらえ ば、最大のブローを、打撃をアメリカに与えられる、僕がテロリストだったらこう考えます。」(伊勢崎)

そして、伊勢崎氏はNGOのスタッフが狙われた場合、それは自己責任ではなく、国の責任であることを明確に主張していた。

「日本政府は在外公館も開けない、JICAも危なくて、 JICAの職員も送れない、ましてや自衛隊も送れないときに、日本が外交的な顔をつくらなきゃならないといったときに何をしたかというと、公的資金を NGOに託して、NGOを送ったわけです、アフガニスタンに。今NGOとして働いている若者は、自己責任で行ったわけではありません。日の丸を背負ってアフガンに行ったわけであります。」(伊勢崎)

そして、事件は、まるで伊勢崎氏の危惧をそのままなぞるようにして起こり、最悪の結末を迎えた。アフガンの事件は偶発的に起きたわけではなく、アフガンのテロリスト、アメリカ、そして日本政府の思惑の渦巻く中、必然的に起きたのであり、NGOスタッフの自己責任の範疇をゆうに超えた力が働いていたのだ。

【参考】平成十九年十一月五日(月曜日)第168回 国会 「国際テロリズムの防止およびわが国の協力支援活動ならびにイラク人道復興支援活動に関する特別委員会」参考人 伊勢崎賢治

【関連】アフガン復興支援中に 殺 害、伊藤さん一周忌(読売新聞)
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090823-00000564-yom-soci


posted by philnews at 00:57 | Comment(0) | TrackBack(0) | 国際 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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