日本は1992年からデフレを伴う経済の長期停滞である「失われた10年」を経験した。インフレ・デフレを表すGDPデフレーターは1997年を除いて現在に至るまでマイナス、つまり、デフレである。そのため国の経済力を示すGDPも、名目で見ると、2007年の名目GDPが1997年の名目GDPと同じ、つまり、日本は10年間全く成長していなかったことになる。そして、2008年にはアメリカを震源とする金融危機、世界同時不況に巻き込まれ、2009年の名目GDPはなんと1992年、つまり17年前と同じ水準にまで落ち込んでしまった。現在、如何にしてこの大不況から抜け出すのかが国としての最大の課題として突きつけられている。
一般的に、政府が持つ経済対策(景気対策)の手段としては財政政策と金融政策の2つがある。このうち、財政刺激策は中央政府によって行われ、金融緩和は中央銀行(日銀)によって行われる。
にもかかわらず、日本のメディアは財政支出についての政治家の発言は事あるごとに報道するものの、日銀の行う金融政策についてはほとんど伝えない。例えば、民主党による補正予算の停止や、亀井静香金融相によって提唱された「金融モラトリアム」については連日メディアで騒がれていたが、日銀が「緊急対策」であった社債買入れの解除を示唆したことや、同時に企業金融支援特別オペの継続の有無が懸念されたこと、そして、日銀は9月のマネタリーベースを減少させていたこと等はどれくらいの国民が知っているだろうか?
しかし、近年、経済学の世界では景気対策については財政支出よりも、金融緩和のほうがより重要であるとの見方が主流でさえある。
岩田規久男 「日本銀行は信用できるか」(講談社新書)は日銀による金融政策の問題を正面から取り上げたスリリングな本だ。
本書で岩田は日本銀行はどんな銀行なのか?という基本から始まって、日銀がどのような人たちによって構成され、日銀の政策が誰によって、どのように決定されているかの、そして、日銀がこれまでどのような金融政策を実施し、どのような効果がもたらされたのかなどをデータに基づき、しかもわかりやすく詳細に検討している。
例えば、金融危機以降、各国政府が金融の大幅な量的緩和策を実施する中、日銀の対応はどうだったのか?2008年9月から2009年5月までのアメリカ(FRB)、イギリス(中央銀行)、日本(日銀)の資産増加率(市場への貨幣供給量の増加率)を見てみると、米、英はそれぞれ2.4倍、1.9倍と倍増させているのに対し、日銀は、なんと2%の増加に過ぎない。他国と比べ、日本はもともと低金利を継続させていたので、量的緩和の余地が少なかったとは言え、FRBの「ゼロ金利でもやることは沢山ある」という態度と、日銀の「できるだけ早くゼロ金利をやめたい」とする態度には大きな開きがある。
日銀が不況・デフレの下にあって積極的なインフレ政策を採用せず、「通貨の価値を守る」政策しか採用しないのにはわけがある。日銀は1998年の新日銀法によって金融政策の目標と手段について、政府からの独立性を与えられているのだが、その法の中で日銀に与えられた目的は「物価の安定」と「信用秩序の維持」なのである。ここにはアメリカのFRBが課せられた「最大の雇用の確保」という項目がない。
インフレ率(デフレ率)と失業率の間に相関があることはフィリップス曲線としてよく知られている。日本の場合、デフレがわずかに進行するだけで、大きく失業率が上がるという関係がある。しかし、雇用の確保を義務付けられていない日銀からすれば、失業率が上昇してでも、インフレを抑制することの方が重要だとする考えがあるのではないだろうか?
岩田規久男は本書の中でインフレ目標の設定を提言する。具体的には政府が2-3%のインフレ目標を設定し、日銀にコミットさせる。これまでインフレ目標政策を導入してきたニュージーランド、オーストラリア、イギリス、カナダ、スウェーデンでは、どの国もこのインフレ目標政策によりインフレ率を一定の範囲に収めつつ、経済成長率を高めることに成功してきた。
このように岩田規久男「日本銀行は信用できるか」は、あまり知られていない、しかし実は最も重要である日銀の金融政策について、とてもわかりやすく説明したスリリングな本だ。同じく岩田規久男 「世界同時不況」(ちくま新書)と合わせて読むと、世界同時不況の全体像と、脱出法、そしてそのための金融政策についての理解が進むものと思われる。



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