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フィリピン英会話ネット
2009年12月29日

コンクリートから人へ


12月25日に閣議決定された10年度予算案は一言で言えば「公共事業を削減して一部の人たちに直接給付しよう」という話だ。給付の内容は子ども手当、農家への戸別補償、そして高校無償化などであり、これを民主党では「コンクリートから人へ」と呼んでいる。 
 

公共事業は削減すべきか?


公共事業の削減はマスコミ及び民意の圧倒的支持を受けてのものだろう。しかし、本当に公共事業は社会にとってマイナスだったのだろうか?

まず、「日本経済 過去20年の推移」で論じたように、日本経済は公共事業を削減した97年(橋本内閣)と2001年(小泉内閣)を契機として腰折れし、回復への目処を失った。一方、大型財政を組んだ小渕内閣で一時的な回復を遂げていたのだ(小泉内閣で腰折れ)。

これは単純に、公共事業・政府支出の経済へ及ぼす効果が理由である。

まず、GDPは

GDP=消費+投資+政府支出+純輸出

によって表されるが、不況下で消費と投資が落ち込んでいるときには、政府支出を増大させ底支えするというのがニューディール政策からの考え方(一般的なケインズ政策)だ。

ここで、単なる減税・直接給付と公共事業を比べた場合GDP押し上げ効果の計算は以下となる。

公共事業

政府支出額→個人所得増加→連鎖的な個人支出

減税・直接給付

個人所得増加→連鎖的な個人支出

簡単に言うと、公共事業として政府支出が行われた場合、その支出額がまずGDPに計上され、その後、賃金部分が個人所得の増加として現れた後、個人の消費性向(所得のうちの何割を消費に向けるか)に基づいて乗数効果を持つことになる。

一方、減税・直接給付(子ども手当など)の場合は、最初の政府支出分はカウントされず、個人所得増加分(減税・給付額)以降が同じく乗数効果を持つ。つまり、そもそも公共事業と減税・直接給付では、ちょうど政府支出額の分だけ公共事業の方がGDP押し上げ効果が高いのだ。

これを別の視点からみると、不況下での公共事業とは、それがなければ失業していた人に仕事を与え、所得を与える行為である。このとき、失業者が労働した分だけ付加価値を生む。一方、減税や個人給付は労働を課すことなく、直接給付金を与える行為だから、そのプロセスで付加価値は生まれない。ちょうど、この「付加価値」の部分が公共事業と減税・直接給付金のGDPの押し上げ効果の違いを生んでいる。

また、失業とは、本来働く意思と能力があるにも関わらず、仕事がないがゆえに働いていない状態である。そのため、仕事さえあれば生まれる「付加価値」が生まれない。付加価値とは言葉のとおり「価値」なので、一言で言うと、もったいない、労働資源の浪費なのである(労働は保存が利かない)。

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Photo by digicacy

コンクリートから人へ


では、日本社会で、そもそも、公共事業はいらないのだろうか?つまり、もう、これ以上の付加価値は必要ないのだろうか?公共事業は減らすべきだとの世論が強いのは、多分、公共事業というとすぐにダムとか使われていない農道・林道が想起されるのが原因だろう。

しかし、例えば、災害が起きたときの多数のボランティア。街中で見られる様々なボランティア活動。彼らは支払いを受けていないが、社会にとって必要とされる人たちである。但し、企業活動(市場)というベースには乗らないから、それをボランティアとして行っている。そうすると、ボランティアというのは企業ベースではペイしない、しかし、社会にとっては必要かつ有益な活動ということになる。

社会にとって有益だが、企業ベースではペイしない。そうした分野を担当する存在こそが政府ではなかったか?

ならば、労働人口の5%=300万人もいる失業者のうちいくらかを、ボランティアが行っている活動分野で働いてもらい、政府として給与を支払えば、これはもう立派な公共事業ではないだろうか?

また、別のアイディアもある。

これまでの公共事業の多くは、政治家が媒介し、中央官庁を通してゼネコンが実施するというイメージがあった。これを例えば、市町村毎に予算をつけて、校区単位で住民に「必要な事業」を企画・立案してもらい、独自に事業を実施したらどうだろうか?

これまでは住民のニーズは議員さんに話をもちかけ、中央省庁へ陳情してもらい事業化するというのが一般的だった。それを住民独自で企画・立案、そのサポートを地方自治体が行う。こうするだけで、より現場で必要とされる「役に立つ」事業が実施できるのではないだろうか?

もちろん、これも言葉どおりに公共事業である。

そして、これこそが本来の「コンクリートから人へ」だと思うのだが、どうだろう?


posted by philnews at 05:29 | Comment(1) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
指摘しておられる問題点が理解できました。公共投資から直接給付に回すと経済効果の乗数が低い分経済にマイナスの影響を与えるということですね。それは直接給付の一部は貯蓄に回るということでしょうか。

わたしは90年代の公共投資重視の経済政策(真水部分が幾らかとか大騒ぎしていましたが)が結局経済の活性化につながらなかった教訓がやっとここにきて生かされてきたととらえています。民主党のコンクリートから人へというのは重要な政策転換です。英国の80年代初めにサッチャーが行った’働かざるもの食うべからず’への政策転換のあと数年は失業率が高止まりしましたが、何年かして、失業者が新しいスキルセットを得たり、規制緩和に伴う新規の雇用創出によって失業率が大きく低下しました。自民党が10-15年前にやるべきであったこの転換を、民主党がやり始めたことのほうを評価したいと思います。公共投資を削るといってもゼロにするわけではないですし。

philnewsさんが提起しているベーシックインカムという政策はひとつの選択肢だと思います。子供手当より低所得者層を救済する効果ははるかに大きいでしょう。ただこれは、今後日本をスエーデン型の福祉国家に向かわせ、おそらく直接税の増税につながるでしょう。国民がそういう選択をするのであればそれはそれでいいのですが、それは長期的には経済は停滞してもいいという選択です。そういう国には住みたいと思いません。

わたしは、コンクリートから人へ、それも人口増につながる、また間接的に教育の質が高まる子供手当への重点配分は高く評価します。ここで必要なのは、長期的な潜在成長力を高めるために、思い切った規制緩和、節度のある移民政策の緩和、不動産・ビジネスへの海外からの投資を活性化する政策です。中国の金持ちが、東京や軽井沢に家を持ち子供を日本の学校に通わせるまでの環境づくりができればかなり活性化するでしょう。経済が戻ってきたところで、消費税を15%程度まで上げる。失業者の再教育に支出の重点を置き、ばらまき手当はしない。建設労働者は今の半分で十分です。

この大きな転換に伴う痛みに対応するために、投資に対する優遇税制・キャピタルゲイン税の廃止等を含めた直接税減税をおこなう。財政の悪化は新生日本の産みの苦しみをを和らげるために必要であると国民を説得し、経済成長が3%程度に戻るまでは金融・財政政策は最大限の緩和を徹底してつづける。philnewsさんがおっしゃるように橋本内閣が行った引き締め政策は、反逆罪ものの大犯罪です。この失政の反省は財務省の高等役人を数十人入れ替えることによって、強いメッセージをだし、財政均衡論者は一時的に政府から追い出す。

こんごの選挙は、国民に日本の進むべき道を今後この二つの違った方向性のどちらに向けたいのかという選択ができればと思います。ただ実際にはそうなる可能性は低く、おそらくこのままゆっくり野垂れ死にという現状路線が踏襲されそうな気がしますが。

Posted by max at 2009年12月29日 09:23
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