2012年12月16日投開票の第46回総選挙では安倍晋三率いる自民党が衆議院480議席のうち294議席を獲得し圧勝した。
今回の選挙の争点は、脱原発、TPP参加の是非、そして消費増税などが挙げられていたものの、新聞の出口調査や選挙結果を見ると、有権者が最も重視したのは景気回復であったと考えられる。
安倍総裁の掲げるインフレ目標政策
そこで注目すべきなのが安倍総裁のうちだした経済政策(景気対策)である。安倍総裁は自民党の経済政策としてインフレ・ターゲット政策を打ち出した。安倍総裁の提唱するインフレ・ターゲット政策は以下の内容にまとめられる。
1. 3%のインフレ目標の設定
2. 政府と日銀の間で政策アコードを結ぶ
3. 日銀によるコミットメントと説明責任
4. 必要ならば日銀法の改正
5. 物価安定だけでなく、雇用の最大化
6. インフレ率3%までは無制限の金融緩和
7. インフレ期待の形成を目的とする
8. これらの効果を高めるための公共投資の拡大
これは単なる量的緩和に留まらず、インフレ期待の形成に働きかけることを目指したリフレ政策(デフレからマイルド・インフレへと復帰させる政策)であることが見て取れる。また、これはこれまでリフレ論者が提唱してきたことを見事に具体化したものでもあると同時に、金融緩和だけでなく、それを支援するための財政政策もセットとなっていることが特徴である。
市場の反応
安倍総裁のインフレ目標政策の発表を受けて、いち早く反応したのが為替市場と株式市場であった。デフレは通貨高(円高)を必然化するが、この発表を受けてしばらくして、これまで進行していた円高が円安へと方向転換した。同時に、輸出企業を中心とする株価も上昇へと転じた。

直近3ヶ月間の為替の推移

直近3ヶ月間の株価の推移
円高、株安については3年間も政権を担当した民主党がなんら有効な対策を打てなかったにも関わらず、まだ、首相にさえなっていない野党党首の演説一つで、見事なまでに円安・株高へと転換したのである。
民主党が選挙で大敗した理由
筆者は2009年の総選挙の前に「本当は一番重要な「雇用・経済」の項目をマニフェストの一番最後にもってきて、選挙演説では税金の無駄づかいと天下りの根絶に焦点を置いているような政党が、どうやら政権与党になってしまうようだから、日本経済は今後4年間、回復しないということになるのかもしれない。」と書いたが、残念ながらこの予想が的中してしまった。民主党政権成立後には、その経済政策がどれも個別のミクロ対策であり、マクロ政策が一つもないことを批判してきたが、これも最後まで改まることがなかった。
民主党政権は経済政策を持っておらず、財務省および日銀のいいなりとなるまま消費税増税、復興税導入、そしてデフレ政策の継続を推進し、その結果、空前の円高進行、失業率の高止まりを特徴とするデフレ不況から抜け出すことができなかった。民主党は政権にある間、デフレ脱却を掲げていたものの、安部総裁がインフレ目標政策を掲げたとたんに野田首相を始めとする民主党議員がこれへ一斉攻撃を加えたことなどみても、民主党のいうデフレ脱却がポーズに過ぎず、口先だけのものであったかがわかる。
民主党はマニフェストで掲げた子ども手当て、最低保障年金、高速道路無料化などが予算不足によりことごとく挫折する一方、マニフェストにはなかった消費税増税法案だけは成立させた。そもそもパイを拡大することなく、分配の量だけ増やす政策が実現不可能なことくらい最初からわかっていたのだ。
国民はこうしたマニフェストで掲げた政策は実現できず、そこにない政策だけ「命を賭けて」実現させた民主党に心底失望したのである。今回の自民党の圧勝は自民党への積極的支持というよりも、民主党への失望がもたらしたのである。
安倍政権の展望
安倍総裁の掲げるインフレ目標政策の前途も万全とは言えない。なぜなら、朝日、毎日を中心とするマスコミ各社はこれまで徹底してインフレ目標政策を批判してきたし、デフレで苦労しているはずの経済団体の代表らの中にもインフレ目標政策を批判するものがでるほどに、この国は「もう経済は成長しない」だの「デフレで当然」だの考えている人たちが多くいる。
さらには、今回の選挙で圧勝した自民党内にこそ根強いデフレ派議員がいるのである。例えば、谷垣前総裁、そして石破幹事長などは、2010年の参院選で自民党がインフレ目標政策を掲げた際、自党の公約であるにも関わらず、これに否定的なコメントを述べている。また、振り返れば90年代から09年の政権交代まで、デフレ政策を許容したきたのは自民党自身であった。
こうした背景を考えると、安倍総裁が何者にも妨害されず、インフレ目標政策を実施に移すことは容易ではない。そのためにも、まずは、財務大臣、そして最大の山場は来年(13年)4月に任期が切れる白川日銀総裁の後任人事にあることは言うまでもない。ここでリフレ派の人材を登用することができたならば、その後はかなり安心できる。
インフレ目標政策の導入は、この、最初の4ヶ月で趨勢が決まるといっても過言ではないだろう。
-付記-
安倍総裁のインフレ・ターゲット政策に関するスピーチ(該当箇所)
安倍総裁はこれまでもインフレ目標政策が持論ではあったものの、政権奪取後の経済政策として明確に述べたのは11月7日の日本アカデメイアでのスピーチでのことだった。以下はその該当箇所を字起ししたものである。
私たちが政権を取ったら、日本銀行と政策アコードを結んで、インフレターゲットを設けたいと思います。目途ではなくてターゲットであります。日本銀行の総裁及び日本銀行には、コミットしていただいて、それが達成できなければ、責任を取ってもらう。達成できない場合は、その説明責任を果たしてもらうということであります。(中略)
そこで、大切なことはしっかりと、日本銀行が責任を伴い、コミットしていく。私は3%が良いのだろうと思いますが、ここは専門家の皆さんに教示をしてもらって、インフレターゲットをアコードの上に設定をしていく。これが出来なければ日銀法を改正して、日銀法の中にある物価安定ということが使命として書かれていますが、物価安定だけでありますからもう一点、多くの中央銀行が背負っている役割である雇用をちゃんと守っていく、あるいは雇用を最大化していくという実体経済に対する責任も負ってもらい、さらには政府との協調の中で、インフレターゲットを設定するということも書くべきではないのかなと思います。
そして手段については、日本銀行が決めていくことでありますが、私見を言わせて頂ければ、量の額で制限を組むのではなく、あくまでも制限は3%であれば3%なんですよ。3%達成するまでは、基本的に無制限で、金融緩和をしていくという発表をしていただくという必要があります。これはECBとか、あるいはアメリカであったQE1、2、3の形式に近いものではないだろうかと、こう思うわけであります。それによってインフレ期待に変えていく必要がございます。
実際にこれはインフレ期待が出てきてインフレになるまでは、少し時差がかかるかもしれない。ずっと我々は今まで、デフレを続けていますから、その後遺症として、実際に起こるまで時差が長くなってしまうかもしれませんが、その暇はありません。であるならば、まずは政府の支出でそれを引っ張っていく必要があると思います。つまり正しい公共投資を、マクロ政策的に行っていくことを求められています。

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