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2010年06月07日

菅直人


菅直人が首相に就任した。これからは内閣総理大臣菅直人である。

市民運動家から総理大臣へ


筆者が菅直人の名前を最初に目にしたのは、70年代後半。当時、菅直人は「週刊プレイボーイ」に市民運動家として連載を持っていた。まだ彼は国会議員にもなっていなかったが、将来、必ず日本を変えると意気込んでいた。

菅直人が一躍有名になったのは96年、自社さ連立の橋本内閣で厚生大臣に任命され、薬害エイズ問題に取り組んだ時。それまでないと言われていた資料が菅直人大臣の指揮により発見され、行政の責任が明確化した。その後の「かいわれパフォーマンス」なども含めて、大衆の人気を集める新しいタイプの政治家(ポピュリスト)として評価が定着していった。筆者も、ああ、あの菅直人は本当に日本を変える人なんだなあと感心したものだ。(菅直人をポピュリストとする論評についてはこちらを参照

民主党結成後は、鳩山、岡田、前原、小沢らと代表をローテーションしており、今回で民主党代表就任は5度目となる(旧民主党含む)。その間の政権交代により、いまや民主党は第一党。そして、菅直人はとうとう内閣総理大臣に上り詰めた。

一介の市民運動家が総理大臣になったことは大きい。社会を変えるという意思が、いまや権力を伴いそこにあるということだからだ。

但し、もちろん手放しで褒められるわけではない。

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菅直人 Photo by h yamamoto


市民運動の問題点


90年代以降の市民運動のフレーズの一つは「オルタナティブ」である。つまり、批判だけなら猿でもできる。問題のある現状にとって代わる対案を出すことこそ重要だという考えだ。(オルタナティブ(代替案)を提唱しているブログについてはこちらを参照

しかし、残念なことに、筆者はこれまでオルタナティブを提出できている市民運動に遭遇したことがほとんどない。市民運動の99%までは結局のところ「批判」「批判」を繰り返すか、トンデモ・オカルト理論を駆使しているに過ぎない。いや、それどころか、2000年以降の市民運動の問題点は「左翼と体制派(権力)が結託し、市民の生活を抑圧する」ことである。例えば、環境問題、例えば児童ポルノ問題、例えば禁煙運動、そして女性の人権(フェミニズム)運動、そのどれもが体制派と結託し、リベラルな自由空間を抑圧する動きとなっているではないか?市民運動はとっくに新局面に入っていたのである。

重要なのは、社会変革への意思はいまや権力を持ったのだから、その権力を用いて、本当に、国民、市民にとって有益な変革を遂行する能力があるか、ないか、である。

菅直人の試金石は経済政策


日本国の内閣総理大臣として、一番重要なのは「経済」だろう。なにしろ日本経済はバブル崩壊後の20年間、先進国の中で唯一デフレ不況が続き、「失われた10年」「失われた15年」そして「失われた20年」と年を経る毎に年数が加算されている。これは笑い事じゃない。その間生み出された膨大な失われた世代、つまり、ロストジェネレーションは、経済さえしっかりしていれば活用できた有用な潜在力を無駄にし、もう、人生を取り戻すことさえできないのだ(ロスジェネ世代の苦難についてはこちらを参照)。他の先進国が普通に達成している年間4%の名目成長を基準にすれば、日本は年間200兆円を失っている。数兆円の税収確保のための増税論議なんてもってのほかである。

経済にたいしては財政政策と金融政策。この2つの権限は唯一政府が持つ。企業や個人がいくらがんばってもダメなのだ。マクロを変えられる、その権力を託されているのは唯一国家(政府)なのである。

この最も重要な権力を託されたのが市民運動家出身の菅直人内閣総理大臣である。果たして、菅直人は国民、市民にとって有益である、この財政政策、金融政策を正しく立案・実施してくれるだろうか?

【関連】首相交代で希望を取り戻すバラマキ・既得権層と「勝手に期待して勝手に失望する」ことをやめた海外メディアフリーライター宮島理のプチ論壇
日本史上初の理系主導内閣の意義 代替案
 菅直人氏の海外評価はポピュリスト(大衆主義者)極東ブログ
ロスジェネの苦難続くMy Last Fight
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2010年04月26日

事業仕分け第2弾

事業仕分けでは理化学研究所の研究職の妻がアシスタントをしているとして問題化された。

事業仕分け 理研、職員妻に月給50万円 枝野担当相「言い訳ばかり!」 

独立行政法人(独法)を対象にした「事業仕分け第2弾」の2日目となる26日。天下り企業の“丸抱え”や入札参加企業が1社だけの1社応札が問題となった「理化学研究所」(理研、埼玉県和光市)の不透明な体質に切り込み、結果、「事業縮減」を突きつけた。仕分けの中では、理研職員が妻をアシスタントにして、月給約50万円を理研が支払っていることが明らかになり、仕分け人側からは「お手盛りではないか」と厳しい追及があった。「全部言い訳ばかり。多額の税金を使っているという意識がなく、ガバナンス(管理)をお任せできない」。あいまいな説明を繰り返す理研側に対し、枝野幸男行政刷新担当相はこう声を荒らげた。(中略)一方で、研究職職員のアシスタント97人のうち、6人が研究職の配偶者を採用していることが指摘された。その中には、研究職の妻が週30時間勤務で、年収600万円を受給していたケースもあった。理研側はアシスタントの採用について、「複数の人間が選んでいる」と述べたが、仕分け人側から採用基準を明確にするように要望が出された。

理化学研究所の研究アシスタント97人のうち、6人が研究者の配偶者であったことが判明し、問題化された。しかし、普通に考えて、これは研究者と研究助手(アシスタント)が結婚したという職場結婚に過ぎない。実際、この6人のうち、結婚後に採用されたのはたったの2人。残りの4人は以前からアシスタントして働いていたことになる。

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http://www.flickr.com/photos/giosp/

そもそも理系の研究者というのは、学生時代から研究に没頭し、異性との出会いの機会を犠牲にしてきた優秀な人たちだ。そうやって博士課程まで進んだような人しか理化学研究所には入れない。そうして、やっと出会えた女性が研究助手。めでたく結婚し、同じ職場で働く。どうしてこれが仕分け対象になるのだろう?

一方、この問題を追及している議員だが、平成14年の資料によると国会議員のうち147人が身内を秘書にしていた。その後、秘書給与法が改正され、配偶者の新規採用は禁止されたものの、身内の採用が禁止されたわけではない。今回の理化学研究所の件を問題化した枝野幸男行政刷新担当相の第一秘書は自分の妹だったし、彼女は現在、衆議院秘書協議会の民主党事務局長に就任している。こういうのを身内採用というのではないのか?

民主党は技術立国日本をささえる科学技術予算の削減に躍起となっているようだが、全く、何を考えているのだろう?事業仕分けという名の人民裁判で、信じられないことが進行しているように思う。
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松野明美さん 熊本市議選当選

元マラソン選手の松野明美さんが熊本市議選挙で初当選した。
松野明美さん 熊本市議増員選で初当選 元マラソン選手
熊本市と旧熊本県植木町の合併に伴う同市議増員選(定数2)が25日投開票され、タレントで元マラソンランナーの松野明美(本名・前田明美)さん(41)が初当選した。松野さんは「約束通り、一生懸命全力で植木町のために頑張りたい」と喜びを語った。

 同市植木町の選挙事務所に当選の知らせが入ると、集まった支援者から大きな歓声がわき起こった。ダウン症の子を持つ母親としても知られる松野さんは興奮気味に「植木町を元気にしたい、障害のある子どもたちのためにできることをしたいと思って立候補した」と、これからの議員活動に意欲を見せた。

 松野さんは植木町出身。現役時代は熊本市の旧ニコニコドーに所属し、87年に全日本実業団対抗女子駅伝で12人抜きをして一躍注目された。88年ソウル五輪女子一万メートルで、当時の日本記録を更新。小さな体で懸命に走る姿は多くの人の共感を呼んだ。

 引退後の01年に結婚し、現在は同市植木町で夫と2人の子どもと4人で暮らす。子育て体験をつづった本の出版やテレビ出演、講演などタレント活動をしている。地元住民らから市議増員選への出馬を望む声が上がり「育った町に恩返ししたい」と出馬を決意した。(毎日新聞 2010年4月26日)


近年は国会議員選挙にタレントが続々立候補しており、次の参議院選挙にも民主党は桂きん枝を擁立する構えである。もちろん、桂きん枝は有名だというだけで、これまで政治的な経験があるわけでもなく、イメージからしても国会には全く似合わない人だというのは言うまでも無い。つまり、民主党の人気取りのためだけに擁立されたということが見えみえだ。

一方、松野明美さんが立候補し当選したのは市議選挙だった。国会と市議会の役割は大きく異なり、市議会の方が市民の日常生活に関わる施策に直接携わることができる。松野明美さんが市議会を選択したことをまずは高く評価したい。

次に、松野明美さんはマラソン引退後、結婚、出産したが、2008年になり次男が障害(ダウン症)を抱えていることを発表した。自らの息子が障害者である松野さんが社会について、そして政治について一番必要なことは何なのかをとことんまで考えたであろうことは想像に難くない。立候補にあたって松野さんは「本当は市議会議員になる気は全くなかったんです。今までは我が子のためだけにできることをしようと思っていました。でもそれじゃいけないんだ、と。タレント松野明美より、役割をもらった方が早くいろんなことを実行できるかな、と思って。健常者も障害者も一緒に育つような社会にしたい」と語っていた。

松野さんは障害者を抱える家庭の大変さを理解し、必要な施策を立案できる人だろう。また、国政を選ばず、市政を選んだという理由に、息子の世話を身近で続けたかったという理由があるに違いない。そうした、自分の足元から社会を変えていこうという姿勢にも強く共感できる。

結局、松野さんはマラソンではオリンピックに出場できなかったが、今後、政治のあるべき姿を体現できる人だと思う。住民に身近な市政の世界で、存分に活躍してほしい。

熊本市議補選 開票結果


当日の有権者数は2万4676人(男1万1624人、女1万3052人)。投票率は57・06%。

熊本市議補選開票結果(被選挙数2-5)選管最終

当 3,934 原口 亮志 53 無新
当 3,551 松野 明美 41 無新
  2,991 小佐井賀瑞宜47 無新
  2,602 池部 正信 63 無新
   858 池部 知子 35 無新
タグ:松野明美
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2010年04月23日

新党乱立の時代



夏の参議院選挙を前に新党・政治団体が乱立し始めた。昨年(2009年)からだけ見ても

舛添新党(2010年:自民から分裂) 

日本創新党(2010年:首長新党)

大阪維新の会(2010年:橋下大阪府知事) 

たちあがれ日本(2010年:自民から分裂) 

みんなの党(2009年:自民から分裂)

となる。

90年代の新党乱立


90年代前半にも新党さきがけ、新生党、自由党などが自民党から分裂・結成され、93年には日本新党・細川護煕を首相とする非自民8党派連立内閣が誕生、55年体制の崩壊と言われた。その後、これら新党の多くは新進党・(旧)民主党に再編され、今の民主党となった。

そもそも自民党は思想や政策で一致した集団というよりは、政権の座にあることによる利害関係によって結びついていた政党だ。それが政権交代で共通の利益が失われたことにより結集力を失ったことが今回の新党乱立の直接の要因だろう。

一方の民主党も閣僚内でさえ政策や意見の一致が見られず、議員の出身政党も55年体制にまで遡れば自民党、社会党、民社党、社民連と様々である。つまり、こちらも思想や政策で一致しているわけではない。

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http://www.flickr.com/photos/the2belo/

政党間の違いがなくなった


55年体制とは自民党と社会党が2大政党として存在し、その他、民社党、共産党、公明党などの野党がひしめき合う中、自民党長期単独政権が成立していた時代である。当時は冷戦構造があったことから、思想・政策面での各党の違いや、各政党の支持団体は今よりはっきりしていた。それが、現在のように自民党と、旧自民党議員を中心とした民主党という2大政党が中心となったことにより、そもそもの政党間の思想・政策の違いははっきりとしなくなった。

最近は民主党の支持率が目に見えて下落していることから、次の選挙で民主党は確実に議席数を減らすだろう。かといって、自民党の支持率が回復しているわけでもない。また、浮動票の増加により、明確な支持団体を以前ほどには必要としなくなっているのかもしれない。とはいっても、今回の分裂・新党乱立は90年代と違い、どの新政党も極少数の議員によって構成されている。つまり、90年代のような大掛かりな変化は起きそうにもない。

めざすのは亀井氏のポジション?


各政党とも、現在の亀井・国民新党のように、少数政党でありながら重要な閣僚ポストを与えられ、好き放題に活動できる。そんなポジションを狙っているのかもしれない。
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2010年04月12日

「たちあがれ日本」

平沼元経済産業大臣や与謝野元財務大臣らでつくる新党「たちあがれ日本」が4月10日、旗揚げされた。それにしても、ここまで魅力のない党をつくるとは、一体どういうことだろう?

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http://www.flickr.com/photos/grooble/

たちあがれ日本は魅力がない


まず、新党の中心が元財務相の与謝野馨。あのリーマンショック(08年9月)直後に「日本経済にもハチが刺した程度の影響はあるが、日本の金融機関が傷 むことは絶対にない。沈着冷静な行動が日本人に求められている」と言った発言は忘れることができない。結果、政府の対策は後手後手に回り、大型補正予算が成立したのは年を越えた09年5月だった(もちろん、小型の補正予算が2度実施されたこと、大型補正予算成立の遅れは当時の民主党による反対が大きく影響したことも指摘しておく)。リーマン・ショックから8ヶ月も経って行われた経済対策って・・・・・結果は見ての通り、日本経済はリーマン・ショックの震源地アメリカよりも大きく落ち込み、いまだに本格回復の兆しが見えてこない。経済の自民党が経済ダメダメならば、選挙で負けるのも仕方が無い(但し、政権交代後の民主党の経済政策はさらに酷い)。

そして、今回、園田博之衆院議員はフジテレビの番組で参院選に向けた具体的な公約を近く発表する考えを示した上で、消費税率について「段階的に上げていかないとな らない。なるべく早い時期にあと5%はお願いしないといけない」と述べ、まずは10%までの引き上げを公約に明記する方針を示した。とのことだ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100411-00000024-jij-pol

つまり、この不況の最中に財政再建と増税を掲げて選挙に出ようというのである。

デフレ不況下での財政再建は命取り


このブログでは何度も述べているが、政府の財政悪化は税収落ち込みが第一の要因であり、それはデフレを伴った不況を根源としている。まず、このデフレ不況を止めない限り、財政が好転することはありえない。またデフレが続くかぎり、実質債務負担は増大していくので(デフレだと借金は目減りしない)、財政のバランスは悪化せざるを得ない。

この点を無視して、歳出を削減し、増税を行うことによって財政再建を達成しようとすれば、その思惑とは正反対に経済は縮小し、財政は破綻するだろう。

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http://www.flickr.com/photos/the2belo/

「たちあがれ日本」は自民党別働隊?


また「たちあがれ日本」は自民党別働隊なのではないか?との憶測が広まっている。夏の参議院選挙で自民党が民主党批判票の受け皿となりえないとの懸念から、その受け皿となる政党がどうしても必要だったというものだ。しかし、同じ選挙区に自民党候補と「たちあがれ日本」の候補が立候補すれば、反民主党の票が2つに割れて、自民・たちあがれともに共倒れするだけではないのか?

それにしても、1996年に始まった小選挙区制導入の目的は、そもそもが政権交代可能な二大政党制を実現することだったと思うが、それがいざ実現し、初めての本格的な政権交代が実現したとたんに自民党分裂・小党乱立とはどういうことだろう?
posted by philnews at 02:17 | Comment(5) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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