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フィリピン英会話ネット
2009年08月08日

田中康夫


日本は総選挙だ。そして、今度の選挙では政権が変わる。

もう、自公連立政権から民主党政権へと政権交代が起こることは誰にも止められない流れだろう。そうした中、私が注目しているのは兵庫8区である。

兵庫8区(尼崎市)は小選挙区制になってから、一貫して公明党・冬柴鉄三(元国土交通大臣)の地盤だった。中選挙区の時代から数えれば、なんと、7期23年間に渡って、議席を保持してきた牙城だ。ここへ今回、民主党が田中康夫(参議院議員)を擁立した。田中康夫は新党日本の代表だが、参議院で民主党と会派を組んでいる。

尼崎市は不思議な土地柄で、2期目を務める白井文市長も共産党推薦の無所属であり、もともとの自公民推薦現職候補を破っての当選だった。つまり、尼崎市民は全国にさきがけ変化を求めていたのだ。いくら強力な公明党・冬柴とはいえ、今回の逆風の中では相当に苦しい立場に置かれたのだ。いや、はずだった。

しかし、ここで思いも寄らぬことが起こった。民主党の主体である連合兵庫が、こともあろうに田中康夫不支持を決定したのだ。これは、田中擁立が民主党中央の小沢一郎が独断で決めたことであり、事前の相談がなかったことに対する反発と、田中康夫が連合も支持していた神戸空港の建設に対して反対運動を行っていたことが原因だと言われている。つまり、ここへ来て民主党・左翼特有の党派性を剥きだしにして、勝てる選挙にわざわざ負けようというのだ。まさに、敵に塩を送る、勝利直前のオウンゴールである。

一つの目的に向かって小異を越えて大同団結すること。緊急性を要する問題や、大きな敵を倒す時には必ず必要となる要素である。なのに、日本の革新勢力はそれができない。小選挙区でも民主党、社民党、共産党の得票数を合計すると自民党に勝てた選挙区はこれまでもいくらでもあった。なのに、それら革新勢力は小さな違いを超えられないから、協力できず、敗北を続けてきたのである。そうして自民党長期政権を存続させてきたのだ。

そして兵庫8区である。近年稀に見る追い風を受けながら、民主党はみすみす敗北しようというのだ。今回の総選挙で政権交代は起こるが、民主党のボロは、実は、選挙前にすでに現れているのである。

あとは、尼崎で市民によるミラクルが起こるかどうかに注目したい。
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2009年07月13日

国民統制は誰も反対できない課題を突破口とする(3)

施政者にとってはできるだけ曖昧で、どうとでも解釈可能な法律を作ることが都合が良い。そして、普段は放っておくが、いざとなったらいつでも誰でも恣意的に逮捕できるようにすること。仮に裁判で無罪判決が出ても、それは問題ではない。一旦、警察に逮捕され、名前が全国メディアで公表されれば、その人の人生は台無しになり、社会的に抹殺することが出来る。これで体制はゆるぎないものとなる。そのための法律が「児童ポルノ法」であり、「人権保護法」である。

政権与党が変わったところで、この仕組みは変わらない。誰でも恣意的に逮捕できる法律さえあれば、どこが政権をとっても、その施政者に都合が良いことに変わりはないからだ。

人身売買の被害者を救済する目的で2005年に行われた法務省の省令改正が逆に本当の人身売買被害者を増加させたということは前回「従軍慰安婦問題と人身売買」で論じた。あのときも、女性の権利保護を掲げたNGOとアメリカおよび日本政府が結託する形で行われた政策変更だった。その際、客観的データの検証は行われていなかった。

今回の児童ポルノ法改正も、客観的データの検証は一切なく、ユニセフ協会という「良心的団体」のアグネス・チャンという外国人が感情論だけを振りかざし「海外では」という外圧を用いて、メディア戦略と国会に対するロビー活動を行った。構造は同じである。

政府と「良心的団体」が結託し、国民の自由を奪う法案を成立させる。こうした状態をファシズムと呼べば「何を昔の話を」とか「心配しすぎ」だと思う人が大半だろう。しかし、ファシズムとはそもそも、施政者が一方的に国民を抑圧するものではない。国民の圧倒的支持に基づいて成立し、一方で国民の自由を奪い、監視の下に置いて、全体として抑圧するものだ。

歴史の教科書に書いてある出来事を記憶する人は多くても、今、目の前で起きていることがそれと同じことなのだと気づく人はあまりにも少ない。
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2009年07月12日

国民統制は誰も反対できない課題を突破口とする(2)

えっ、カキの殻むきが銃刀法違反??…北海道警が注意

例えばこれ、秋葉原の無差別殺人を契機に銃刀法が改正(平成20年12月5日)され、所持が禁止される刃物の種類が拡大されたのだが、そのことで起きた出来事である。カキの殻を剥く刃物が改正銃刀法の新たな規定に抵触するので、その所持は禁止だという判断を「警察が」下した。常識的に考えれば馬鹿げているとしか言えない。カキの殻を剥くという明確な業務上の目的のために長年使用してきて問題が起きていないものを殺傷能力があるという理由で禁じるとは。しかし、重要なのは「法の目的・理念」と関係なく、取締りを行う「警察」の「恣意的判断」で逮捕が可能となるという部分である。

次はこれ

携帯電話のカメラで盗撮男を逮捕

長野県上田市の書店で女性の背中を携帯電話で撮影した男性が迷惑防止条例違反で逮捕された。長野県では「公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例」が定められており、そこには「卑わいな行為の禁止」という条項がある。具体的には以下のように定められている。

第4条
 何人も、公共の場所又は公共の乗物において、みだりに、他人を著しくしゆう恥させ又は不安を覚えさせるような仕方で、次の各号に掲げる行為をしてはならない。
(1) 他人の身体に、直接又は衣服等の上から触れる行為
(2) 衣服等で覆われている他人の身体又は下着をのぞき見し、又は撮影する行為
(3) 前2号に掲げるもののほか、他人に対する卑わいな言動

このうち、盗撮について禁止した条項は第4条(2)項にあたる。しかし、条文を読む限り、違反するのは「衣服等で覆われている身体又は下着」をのぞき見、又は撮影した場合であって、衣服の上から撮影することは禁止されていない。もちろん、相手の許可なく勝手に写真を撮ることが良いか、悪いかという議論は可能だが、そうしたマナー、道徳、肖像権(民事)などの話と、法令違反(刑事)で逮捕されるという話は全く次元が別だ。

基本的に人は法令に違反しない限りは逮捕されることはない。これは日本国憲法の第18条・第31条・第33条・第34条・第36条などで詳細に規定された「身体の自由」である。

この事件の場合、厳密に読むと条例では禁止されていないにも関わらず、「警察による恣意的判断」で逮捕され、本名がメディアで公表されたという事件である。

そして極めつけがこれ



児童ポルノを掲載した海外のWEBページのURLを記載したことで、それを書いた本人(2人)とその掲示板の管理人が逮捕された。

実は、これは重要だ。自分の掲示板に児童ポルノ画像を掲示していなくても、URLを貼った場合、そして、貼られた場合にも罰せられるのだ。ブログを運営していれば、様々なコメント等の書き込みがあると思うが、その中には業者による書き込みも多い。その業者の張ったURLが児童ポルノ画像のあるサイトへの誘導だったとしたら、それだけで逮捕される可能性が現行法でもあるのだ。

これを避けるためには、一つ一つ内容を確認し、不適当な画像へ誘導するURLは削除すればよかった。しかし、法改正で単純所持さえも禁じられるようになれば、そのURLを踏んでみて、内容を確認しただけでも、閲覧履歴と画像はPCに残るからアウトだ。コメントの多い人気ブログの管理人(つまり社会的影響力もある人)なら、ますますその危険性は増す。なにしろ、PCに残る履歴と画像が1枚や2枚ではなく、相当な量になるのだから。「まさかそんなことは」と思うかもしれないが、カキの殻剥きがダメな社会である。逮捕されるかどうかは、あくまでも「警察の恣意的判断」に委ねられる。

つまり、一旦法律が成立したら、あとは施政者の意のままということだ。そして、その際には法の理念・目的は関係なくなっている。(長くなったので、結論は明日)
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2009年07月11日

国民統制は誰も反対できない課題を突破口とする

児童ポルノ法案の改正に関する自民党と民主党の協議が9日に行われ、大筋で合意されたとのことである。今回の改正の焦点は児童ポルノの単純所持を禁じるかどうかだった。そして、協議では単純所持を禁止する方向で合意されたとのことだ。

とうとう来たなというのが率直な感想だ。

児童の保護、環境保護、人権の尊重、それらどれもが大切なことで、これに反対する人は普通いない。また、これらの課題はどれも、これまで人権派、良心派、NGO、左翼などの「善良な人たち」が推し進めていたことだ。

国民の中で誰も反対しない(できない)課題。施政者はそれを見逃さない。国民から総反発を喰らうような法案はなかなか成立しない。しかし、こうした人権、環境、児童などの課題ならば、そもそもが「反政府」の人たちが唱えていた課題だし、国民一般からの受けも良いので、反対する勢力が存在しないのだ。もしも声高に「児童ポルノを規制するな」とでも声を上げようものなら「お前はロリコンか?変態か?」というネガティブなレッテル貼りが何の議論も無しに返ってくるだけだというのは容易に想像がつくだろう。つまり、これらの法案に反対する人たちは議論をするチャンスさえなく、最初から言論が封じられているのだ。

こうして「反政府」勢力と体制派が結託し、反対の声を圧殺する形で法案が成立する。

(この法案の危険性については明日以降につづく)

この問題に取り組んでいる保坂展人氏のブログ「保坂展人のどこどこ日記
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2009年06月11日

温暖化ガス削減


GDP一単位当たりのエネルギー消費量という指標がある。数式にすると
エネルギー消費量 / GDP だ。

これは「どれだけエネルギーを効率的に用いているか」を示している。
その数値が下のグラフだ。

主要国のGDP当たりのエネルギー量

これを見るとわかる通り、先進国中日本は圧倒的に数値が小さい。つまり、少ないエネルギーで効率よくGDP(商品とサービス)を生み出しているのだ。その効率の良さと言ったら、カナダの3.5倍、アメリカの2.5倍である。

これは、日本がオイルショック以降、徹底的に省エネを進めた結果である。倒産してしまったGMが生産する車と、日本製の車の燃費を比べてみれば、日本がどれほど努力したかがわかる。

次のグラフは経済成長とエネルギー消費量の関係だ。

経済成長とエネルギー消費量の関係

イメージ的には環境先進国と思える北欧諸国は、一人当たりエネルギー消費量が日本の1.5倍を超えている。一人一人が日本よりもずっとふんだんにエネルギーを消費し、ガスを排出しているのだ。

これら2つのグラフからわかることは、実は日本が環境先進国であるということだ。そのため、日本にはもう、エネルギー消費=温暖化ガス排出を抑えるような無駄な部分はほとんど残っていない。

それに対して、昨日の首相の記者会見はといえば05年比15%減(90年比8%減)を目標とするもの。

「この目標はヨーロッパの05年比13%減、米国の14%減を上回る。欧米は外国からお金で買ってきたぶんを加算しているが、日本は省エネなどの努力を積み上げたいわば「真水」の目標。日本だけが不利にならないよう国際交渉に全力で取り組む。」(首相会見要旨 朝日)

上で述べた通り、他国と違い日本には省エネの余地はない。そうしたときのために外国(途上国)の排出ガスを削減してそれを先進国の排出削減分として計算しても良いというルールがある。それを真っ向から否定しているのだ。

そして「途上国は「先進国の責任だ」と言うだけでなく、自らも行動を起こすべきだ。日本は技術支援を惜しまない。革新技術や原子力の開発・普及に全力を挙げ、今回の中期目標達成で、30年には約4分の1減、50年には約7割減につながるとの分析がある。 」(首相会見要旨 朝日)

ここでとうとう本音が出たようだ。途上国での「原子力開発」これである。

そもそも原子力発電所の管理・運営は先進国でさえ難しく、度重なる事故を起こしている。それを、途上国へ輸出しようというのだから、環境の保全どころか、地球の破滅を招くのではないか。

実は、フィリピンでも原発再開の動きがある。フィリピンの原子力発電所はマルコス政権時代にバターンに建設されたのだが、稼動させる寸前に止められ、現在まで放置してある。これを再開する計画が具体的に進んでいるのだ。

フィリピンを見ていると感じるのだが、途上国はものすごく無駄なエネルギーを使い、また、ガスを排出をしている。良く整備されていないバスやジプニーから吐き出されるあの黒煙。効率の悪い機械で生産している地元企業、職場での無駄遣いの数々。これらを改めれば、エネルギー消費量も、温暖化ガス排出量も相当に減らせるだろうと考える。

日本は省エネと公害防止を成し遂げた環境先進国として、世界にそのノウハウを援助・輸出すれば良いのではないだろうか?
posted by philnews at 00:00 | Comment(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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